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神々が住む大神島。神の怒りと不可思議な出来事

今回は宮古諸島にある、あまりメジャーではない「大神島」をご紹介したいと思います。2015年に大神島に上陸したのですが、携帯のデータが飛び写真がすべて消えました(涙)。今回は写真少なめですが、お許しください。

大神島は小さく静かな島

沖縄本島から南西へ約300キロ行った海原には、8つの有人島が点在しています。これらを総称して「宮古諸島」と呼ばれています。なかでも主島である宮古島はもっとも大きく、何度も記事にしているように、私の大好きな島です。

この宮古島の北部、およそ4キロの地点に「大神島」はあります。島の周囲はわずか2.75キロ、面積は0.24平方キロメートル、人口は40人足らずという小さな島です。

宮古島の島尻港から、夏季(4~9月)は1日5往復、冬季(10月~3月)は1日4往復の定期便が出ていますが、大神島にはそれといった観光スポットはなく、民宿もなければキャンプも禁止されています。「島にある貝殻や石ころひとつも拾ってはならない」いうルールもあります。そのため、観光客が訪れることはほとんどありません。

……という以上の情報は、私が大神島について初めて調べた2010年11月のことでした。このあと、ことは大きく変わりますが、それはのちほどお書きします。

取材交渉した時の体験談

私が担当している某テレビ番組の、2010年の大晦日スペシャルで「初潜入」「立ち入り禁止」などをテーマに企画を探していたところ、大神島のことを知ったのです。

大神島に取材をお願いしたく、「宮古島観光協会」を通して、島でいちばん偉いという区長さんの携帯番号を教えていただき、コンタクトを取りました。

区長さんは私の担当番組を観てくれているということで感触はよかったのですが、「大神島に住むおばあたちの意見を聞かないと決められないので、おばあたちにちょっと話をしてみます」とのことで、あらためて区長さんからお返事をいただけることになりました。

ただし、取材がOKになっても、島の秘祭の撮影は一切NG、撮ってはいけない御嶽も多数ある……とのことでした。

こうして待つこと数日、区長さんから電話がありました。無事に取材許可がおり、初潜入という形になったのです。

撮影のための儀式

ただ……撮影の前に必要な儀式があると告げられました。大神島の司のおばあと、その次に偉い2人のおばあ(取材を受けるかどうか相談していた3人)が、撮影を神様に許してもらうために、島の神々をお参りする儀式をするということでした。

その儀式で必要なものを、こちら(私達)で用意して欲しいとのことで、以下を告げられました。

必要なもの
  1. 線香(一束)
  2. 生米(1キロ程度)
  3. メリケン粉(小麦粉)
  4. お酒(4合瓶)
  5. 儀式を行なう司たち3名分の手当て…1人につき3,000円なので、×3=合計6,000円

儀式は撮影NGです。どんな儀式なのか、とても気になりました。儀式を行ったあと、実際に撮ってもいい場所、絶対に撮ってはいけない場所など、司からご説明していただける……ということになったのです。

次の項目からは、大神島がどんな島なのか?について、言い伝えや大神島に関わった人の体験などを、ここでいちど説明しておきます。

多数の聖域と秘祭

大神島は昔から、周囲の島の人々から「神の島」として崇められています。「神の島」と呼ばれるだけあり、大神島には神秘的な風習や伝説がたくさんあるのです。

まずは、何といっても聖なる場所、聖域であるいわゆる御嶽(うたき)が驚くほど多いことが特徴です。集落以外の大半が聖域であり、外者はもちろんのこと島民の立ち入りも固く禁止されている御嶽も多いのです。

また、伝統的な祭祀である「祖神祭」(うやがんまつり)は現在でも継承されています。旧暦10~12月に行なわれる祭で、豊穣や健康を祈るものとされていますが、祭の詳細はいっさい公表されていません。※行われる時期には諸説あり、はっきりしていません。

ですが、このときばかりは島民は御嶽に立ち入ることが許されています。ただし、祭に参加できるのは「島の女」たちのみで、島民であっても男たちが祭を見ることはいっさい禁じられているという、秘祭中の秘祭なのです。

もちろん、島民以外は祭に参加することができません。また、島民ですらこの祭の撮影は禁止されており、撮影した者と撮影された者は死に至ると言われているのです。

噂ですが、この祭では島民のおばあたちに神が乗りうつり、おばあたちの意識は朦朧となって夢遊病状態になるといいます。そして5日間、その意識朦朧の状態のまま一切断食し、御嶽近くの〝ザー〟と呼ばれる小屋と御嶽を何度も往復して〝何か〟を行なうというのです。

〝何か〟が何なのかは、明かされておりません。

風葬と海賊キッドの関係

かつての大神島には、「風葬」という風習がありました。風葬とは死者を土中に埋葬せず、そのまま安置しておく葬法のことです。この島では、亡くなった人を「後生山」と呼ばれる風葬のための洞穴まで運び、12年後に親族が骨を洗って骨壷に詰め、再びそのままその場所に安置するのです。この風習は、明治末くらいまで行なわれたといわれており、いまでも頭蓋骨が残っているとも言われています。

普通、風葬は海岸沿いで行なわれますが、大神島の場合は海岸沿いにも多くの聖域があるため、それを避けて山の中でされたといわれています。また、後生山が具体的に島のどこにあるのかという点については、島民は固く口を閉ざしています。

また一時期、この島に海賊キッド(ウィリアム・キッド)の宝が隠されたという噂が広がりました。そのため、聖域にまで踏み込んで宝探しをした部外者がいましたが、宝探しをした者は奇怪な死を遂げたというのです。

なぜ、海賊キッドがわざわざ日本の大神島に財宝を隠すのか?という疑問がありますが、この島の風習である山の中の風葬の洞穴が、財宝を隠すのにうってつけだったのではないか?と言われています。ただし、先述したように財宝を探す者には死が待っており、島民も多くを語らないので真相は定かではありません。

大神島の神による怒り

大神島は神々が住む島と言い伝えられている島。島のルールを守らなければ神を怒らせてしまうようです。私の知っている範囲でどのような神による怒りがあったのかを少しご紹介。

祖神祭へ潜入した事による神の怒り

島民が部外者を警戒する理由のひとつとして、以下のような事件があったそうです。

1939年、立教大学教授だった社会学者の河村只雄(ただお)さんは、大神島の秘祭を探ろうと島に渡り、こっそり潜入して秘祭「祖神祭」の写真を撮りました。この様子は、河村只雄さんの著書『南方文化の探求』(講談社学術文庫,1939年)で次のように書かれています。

彼らは恐れをなし、顔面たちまち蒼白となり、ふるえあがるというほど、俗人がこれに入るなど思いもよらぬことだろう。その神秘な島の聖域を、島人には内緒で隈なく探検したのである。しかしながら、幸いに神罰も受けずに帰り得た。

ところが帰京してから大変なことを聞いた。私が島の神山を荒らしたというので、神様がお怒りになり、疫病が流行りだしたというのである。

司たちは恐れをなして、旧暦12月1日、〝ザー〟に集まって大祓いをやった。その後の様子はまだ聞かないが、まことに気の毒なことをしたものである。

大神島については、いろいろ書きたいことが多い。しかしながら、神様の御怒りの鎮まるまで少し筆を慎むことにしよう

著書にはここまでしか書かれていませんが、実は恐ろしい後日談があります。

河村さんの撮った写真に写った最高権威者である大司(ウブツカサ)とその家族は次々と死亡し、さらには河村さんもその事件から2年後、47歳の若さで他界してしまったというのです。このような事件があってからというもの、島民の部外者に対する警戒心がさらに高まったそうです。

道路建設による神の怒り

また、以下のような事件もありました。

約34年前、大神島では島を一周するための道路の建設を始めました。建設予定地にあった大きな岩をブルドーザーで砕こうとしたところ、ブルドーザーの爪が折れてしまったそうです。

まもなくして、掘削機の鋼鉄の爪まで折れたというのです。

そして、工事関係者らが次々と原因不明の病気に倒れ、やがてその病は島民にもふりかかったため工事は中止されたのです。工事が神の怒りに触れたとされて、現在でもその工事現場の中断部にはお祓いの跡がみられます。

大神島の住民が住む家の軒先には、「ヤドムレ」と呼ばれているスイジ貝が置かれています。これは、死者の霊が迷い込むのを防ぐ魔除けなのです。大神島は、島民がとても大切にしている島であり、そして数々の神秘的なことで満ち溢れている、まさに〝神々の島〟なのです。

初潜入後の不明点

ここで話は、冒頭のテレビ取材の件に戻ります。こうして無事に初潜入取材し、オンエアにこぎつけました。と言っても、私はリサーチ・企画という立場のため、実際に大神島に行ったのはディレクターです。

そのあとです、大神島に変化が起きたのは。

まずは不明点。

私は2010年12月31日、スタジオ収録に立ち会っていました。スタジオにいるとバタバタし、VTRをゆっくり観ることはできません。大神島のVTRは無事に流されたようですが、オンエア後、ディレクターが大神島の区長さんに何度電話をしても、出てくれないというのです。

考えられるのは、VTRに不満があったということ。ディレクターのお願いで、私からも電話するように言われましたが、やはり何度電話しても区長さんは電話に出てくれませんでした。

いまだに、なぜ電話に出てくれないのかは不明です。

初上陸で意外な発見!

それから月日は流れ――

取材から7年後の2015年7月、夫と宮古島旅行へ行ったとき、大神島に行ってみようということになりました。ドキドキしながら大神島に向かい、港に着いたら……

あれ?なんだか港の目の前に、白メインで黄色く縁どられた建物がある!「何だろう?」と中に入ってみたら、そこは食堂兼民宿でした。

「あれ?大神島はなにもない神秘的な島では……」

そう思いすぐに携帯で調べたところ、その建物は2013年にオープンした島唯一の食堂兼民宿で、名前は「おぷゆう食堂」でした。

2010年には何もなかったのに、変わってしまったのです。

ここで夫はカレー、私は島特産の「カーキダコ」と呼ばれる干ダコのどんぶりを食べました。とても美味しかったのですが、写真が消えたのが残念……。

おぷゆう食堂
  • 住所:沖縄県宮古島市平良大神130
  • T E L:080-1726-8698
  • 営業時間:10:00~17:00
  • 定休日:年中無休

ランチ後は、大神島の「遠見台」へ。遠見台は国の史跡先島諸島火番盛のひとつで、2014年3月18日に追加指定されたそうです。島の最高地点で、周囲を展望することができます。たしかに見晴らしはよかったですが、歩いている途中で蚊にたくさん刺されました(^^;

遠見台からの景色
遠見台からの景色

そしてその後、島の休息所で一休み。休息所は、2012年2月にできたらしいです。といっても売店などがあるわけではなく、ベンチとテーブルがいくつかあるだけです。

大神島

このすぐそばにベンチとテーブルが、4セットくらいありました

岩
岩

休憩所の近くには、上の写真のような岩がたくさんありました。

綺麗な貝殻がたくさん!

その後、島の奥のほうにある海まで歩きました。「貝殻、石ころひとつも、島のものを持ち帰ってはいけない」というルールがあるので、見たことのない綺麗な貝殻がたくさん落ちていました。貝殻を拾うことが大好きな私。でも、我慢、我慢……。

すると砂浜には、4歳くらいの女の子とその母親、祖母らしき3人がいました。4歳の子は、なにやら大きめのスーパーのような袋をぶらさげています。

「もしや、貝殻を拾ったのでは…?」

と思って見ていると、女の子は自慢したかったのでしょう、大きな声で

「きれいなかいがら、たくさんひろったもんね!」

と元気に言っていました。やはり…(^^;

親たちは気まずいのでしょう、黙っていました。すると女の子はその後、

「きれいなかいがら、たくさんひろったもんね!」

と2回ほど繰り返しました。

親たちは逃げるようにして、女の子の手を引いていきました。ですがその後、帰りのフェリーでも一緒になり、また気まずそうにしていました。あの子に罰は当たらなかっただろうか……と、その後たびたび気になります。

ちなみに…その海のすぐそばに、先述した建設途中の道路がありました。道路が途中で止まっており、不思議な感じでした。

大神島の不思議

大神島をぶらぶらしていると、あることに気づきました。それは多くの家の車が、車体が真っ黒、しかもつや消ししているマットな仕上がりです。多くの家の車が……ということですから、何か意味があるのでしょう。

家に戻ってから調べてみましたが情報はなく、再びあらためて今回調べましたが、情報は出てきませんでした。

つや消ししてある黒い車
つや消ししてある黒い車

持ち帰ってはいけないはずの貝が売っている

先述しましたが、「貝殻、石ころひとつも、島のものを持ち帰ってはいけない」というルールがあるのですが、ランチを食べた「おぷゆう食堂」に、大神島の貝殻で作ったかわいいストラップが売っていました。

「あれ?貝殻を拾ってはいけないのでは……」

と思いましたが、よく考えてみれば、貝殻を拾ってはいけないのは部外者であり、島の人たちは拾ってもよいという意味なんだと理解しました。

使うのがもったいなくて、いまでも袋にいれたまま、リビングのテーブルの上に飾っています。

             
大神島の貝殻でできたストラップ
大神島の貝殻でできたストラップ

大神島の今

2017年1月の情報によりますと、現在の大神島の人口は約30人と、2010年のときより約10人減ってしまったようです。

なお「宮古島市立大神小中学校」について。小学校は2006年度から、中学校は2008年度からそれぞれ休校していましたが、、2011年3月31日に廃校となり、校舎は解体されています。学校名が書かれた門だけが、2015年時点では残っていました。

――私が初めて大神島について調べたころと大きく変わったのは、食堂兼民宿ができていたこと。便利になったような、神秘的要素が少し欠けたような気もしましたが、それでもまだまだ神秘的さがたくさん残る島だと感じました。

今回はデジカメに、わずかに残っていた写真だけでご紹介したので、いつもより写真が少なくてすみません。

お読みいただきありがとうございました。

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